デンタルダイヤモンド誌  2001年12月号 掲載
        
「非かかりつけ床屋のススメ」

 

最近、ひさしぶりに床屋さんに行ってみた。といってもそれまでは十数年来行きつけの
美容院に行って髪を切ってもらっていたのだ。美容院に行っていた理由は2つある、ひとつは、
短時間でカットあるいはシャンプーだけの処置をしてもらえるからである。昼休みの短時間に
30分くらいでやってもらえるので大変助かっていた。もうひとつの理由は個人的に顔を
そられるのが苦手だからだ。床屋に行くことにしたのは、行きつけの美容院が嫌いになった
わけではない。何となく変化を求めてみたかったのだ。

 久しぶりに床屋に行って感じたことは何と言っても「剃刀の恐怖」である。読者の方々
はかかりつけの床屋さんがあるかもしれません。いつも行くところならばいつものマスター
にどのような道具でやってもらうかわかっているので何ら心配することがない。それこそ
雑談や居眠りでもしている間に終わってしまうだろう。知らない床屋に行くことは、見ず
知らずの人にカミソリという刃物で顔や首筋を剃ってもらうことだ。少し間違えば皮膚を
切り裂くことができる、あるいは命さえ奪うことができる、何という恐怖であろうか。
特に恐怖心を求めているわけではないが、私はそれ以来いくつかの床屋さんに通って
みることにした。エプロンのかけ方、ハサミや櫛の持ち方使い方、シャンプーの仕方、
髭剃りに使う石鹸を塗る刷毛の種類や消毒の方法、マスターの話し方や話題、髪型、
待合室の雑誌や新聞、テレビ、すべてに興味を持った。おかげで床屋に行くとけっこう
観察に疲れてしまう。

アメリカに旅行中に床屋さんに行ったこともある。どこをどうしたいかはっきり言えば
特に怖いことはなかった。カット後はシャンプーなしで細かい毛が残ったが合理性を感じた。
 カルテと呼んでいる顧客簿を作る床屋もある。頭のシェーマの描いてある用紙に髪型を
鉛筆でシャカシャカと描く。次に行ったときにそれを横目にちらちら見ながらカットする。
 お客さんの目の前でそんなもの見ながらやって欲しくない。こっそり陰で見てくるか、
頭の中にしっかり記憶して欲しいと思いたくなる。
 一番最近は10分1000円でカットしてくれるチェーン店にも行った。待合室の長椅子には
センサーが仕組まれていて、店の外には赤、黄、青の信号機のようなものがついていて
混雑情報が一目瞭然だ。シャンプーはしないためシンクはない。椅子も足踏みで上下する
丸椅子。自動販売機でカードを買い、順番がきたら空いている人に渡す。カットした後は
掃除機で吸い取る。12分で本当にきれいにカットし終わった。

 かかりつけ歯科医の制度が始まって1年と少し経つが、いろいろな床屋を体験することが、
医療を提供する側としてさまざまな対処や気配りを考え直すいい機会になった。
かかりつけを決めるのは、患者さんであり我々ではない。

本来ならばいろいろな医者にかかってみるのが最もよい方法だろうが、自ら病気になるのも
むずかしい。知らない歯科医院に行ってみて治療をする勇気もない。もちろんそんなことをすれば
保険証でばれてしまうが。床屋や美容院だったら多少髪型が気に入らなくても他でやり直して
もらったり、また少したてば髪の毛は伸びてくる。
 医者や歯科医はそんなわけにはいかない、削られたら最後、二度と元には戻らない。
手術だってやり直しはできません。誰しも削られたり、注射されたり、切られたり、抜かれたり
好きな人はいないでしょう。あのタービンの音やユージノールや消毒の臭い、それでいて
予約の時間に遅れたらいやな顔をされる。
 せっかく勇気を出して歯科医院に行ったのにこれではもう行きたくなくなるでしょうね。
さらに早口でぺらぺら説明されたり、反対に無口で説明なしだったり、ぶつぶつ文句を言
われたり、怒りだしたり、手がタバコ臭かったり、歯科医なのにひどい口臭がしたり。
反省材料はたくさんあるでしょう。

 歯科治療と理容とは医療と美容と言う本質的な差はありますが、共通するところもけっこう
あります。読者の皆さんもたまに知らない床屋さんや美容院に行ってみて、あなたの感性を
磨いてみるのもいいかもしれません。今まで気づかなかった“何か”を発見するかもしれません。
患者さんから望まれる“かかりつけ歯科医”になるために。
                            
                   2001年12月